活動レポート|NPO法人東北の造形作家を支援する会/そあとの庭

ArtGallery そあとの庭」は、NPO法人東北の造形作家を支援する会の活動拠点。そあとの庭自体も震災被害を受けながら、2011年4月1日より被災した作家やアート団体、学校などに全国から届けられた画材を届ける被災地支援活動「にじいろぱれっと」を開始するなど、積極的な支援活動をおこなっている。そあとの庭の藤原久美子さんにお話しを伺った。
この活動は、アートNPOエイド活動支援プログラムの支援対象活動として寄附を募集している。
002|NPO法人東北の造形作家を支援する会の拠点「そあとの庭」への修復費と、アーティスト支援、こどもたちへの画材提供に関する支援


アートNPOエイドの活動支援を受けて

藤原久美子(以下、藤原)|「そあとの庭」は、2011年1月7日にギャラリーとしてスタートし、オープニング企画に3つの展覧会を予定していました。第一弾は、2月10日から東北で活動しているベテラン作家を。第二弾は、中堅作家の展示を3月初旬から、そして第三弾で若手作家の展示を3月後半から4月に予定していました。震災が起こったのは、第一弾の展覧会が終わって、第二弾が始まってすぐだったんです。3月11日の地震と4月の2回目の余震で、そあとの庭の建物がかなり壊れてしまった。展示していた作品は、スタッフがすぐに降ろして伏せたので大きな被害はなかったのですが、建物自体が再開できる状態ではありませんでした。修復工事で100万円近いお金がかかると言われたんです。
震災直後は、みなさんご存知の通り、街自体が機能していなかったので、そあとの庭の活動も停止してしまって、もうどうにもならない状況でアートNPOエイド(以下エイド)に、支援をお願いしたんです。さらに、日本政策金融公庫からも借り入れをして、まずは建物を修復しようとしました。
それと同時に4月1日から、被災地・石巻から東松島地区の避難所や学校の体育館、集会所にいる被災したこどもたちへのアートを通じた遊びの支援活動を行いました。東北生活文化大学など、学生のボランティア協力はありましたが、当面の活動費が必要だったため、アートNPOエイドからいただいた支援金は、この支援活動に充てさせていただきました。その後、この支援活動に東京の企業も協力してくださって、8月まで続けることができました。

避難所での支援活動「アートを通じた遊び」を提供する

藤原|毎週、車2台に画材や遊び道具、ブルーシートを積んで学生6~7人と避難所に行き、支援活動をしていました。石巻の避難所は、生活の道具を一切を失った家族が、畳一畳に3〜4人で生活しているような所で、こどもたちが遊ぶ場所もありませんでした。
最初はこどもも親も近寄ってこなかったんですね。一日4カ所から5カ所の避難所を訪ねたんですけど、どこに行っても最初は何人かなんですよ。たとえば、中学校にある避難所では、廊下の横の地面にブルーシートを敷いて、色紙や絵の具、紙粘土を広げましたが、最初からお絵描きしたり折り紙をする子は少ないです。まずは、学生たちが縄とびやドッチボールをして、こどもが1人、2人参加すると、なんとなく人が集まってきて、「疲れたからお絵描きしようか」となる。お絵描きといっても、絵の具を全部出しちゃって、手でグチャグチャにして遊んでみたり。それにいろんな色の絵の具を入れていくから、もうまっ黒けなんですよね。だけどそれを「いいね、いいね」と言って受け入れていると、だんだん「あ、ここまでやっていいんだ」という感じで、向こうからこちらに入ってくるというのかな。1ヶ月目は、そういう様子でした。
2ヶ月目からは、行くとすぐ「今日何するの?」「何時までいるの?」と寄って来てくれる。今度は、その言葉がちょっと辛くなるんですよね。「次の所に行くんでしょ?」って言われるんです。3ヶ月目にもなると、ある子はボランティアスタッフのTシャツを覚えてくれていて、石巻の大きなショッピングモールでスタッフが食事をしているのを見て、「あそこにいた人でしょう?」って寄ってきてくれたりも。アートを通してというより、遊びを通して心のふれあいが生まれていった。
ある集会所に毎週来る女の子がいて、ある日お母さんも一緒に来られたんです。その子は、妹さんを津波で亡くしたということ、土曜日は学校があるんだけど、「にじいろぱれっとさんが来てるから学校に行きたくない」と言って参加してくれたことをお聞きしました。その日は「私もいいですか?」と言ってお母さんも大きな画用紙に絵を描いていました。お母さんたちとも打ち解けて、被災した人たちが自分の話をしてくれるようになっていったのは、うれしかったですね。

アート活動へのさまざまな反応

藤原|そあとの庭では昨年、全国に画材の提供を呼びかけました。石巻にある絵画教室の方は、「家が流されてしまい、いまは絵を描く心境ではないけれど、いつか使えるかもしれないから、いまを乗り越えるためのお守りにしてがんばる」と言って画材を受け取られました。確かにね、今日、明日どうやって生きるかっていう状況では、いますぐアートっていう状況じゃない。もちろん、喜ばない人もいましたよ。逆に迷惑だって。アートどころではない、そんな心境ではないという人たちの言葉を、学生たちと一緒に聞きました。
避難所でこどもたちと遊んでいる声がうるさいと、怒られたこともありました。こどもを亡くされた方もいらっしゃるので、こどもがキャアキャア言って遊んでいたら、癇に触る人もいたかもしれない。それはすごく難しい問題です。「ボランティア、ボランティアって、自分たちはいま食べるのにも大変なのに、そんなことされても邪魔なだけだ」「人の気持ちもわからないくせに」「あんたたちにはわからない」というようなことも言われました。学生たちもその言葉にどう接していいかわからなくて、何も言えなかった。善かれと思ってやったことが、人によっては癇に触る。心の余裕がでてきたら少しずつ理解してもらえるのかな、と思ってやるしかありませんでした。

現在の活動

藤原|被災地での支援活動は今年(2012年)に入っても続けていたんですが、実はそあとの庭が今年1月に火災にあってしまったんです。震災で煙突の中身がズレていたそうです。避難所にいる人たちとつながりができてきて、これからっていう時に火災に遭ってしまった。それに、支援活動に携わっていたスタッフも、震災後、自分の生活を立て直すために、だんだん活動できない状況になっていきました。
そあとの庭のワークショップには、東北芸術工科大学の学生さんにも参加していただいていますが、就職先がないという学生の声をよく聞きます。学生たちの中には、家族が被災しながらもそあとの庭の活動に参加してくれている人もいます。彼らは、別にたくさんお給料が欲しいわけじゃないんです。自分がアート活動をしながら食べていける、制作できる環境があれば、ボランティアでも何でもしたいという気持ちです。やりたいことがたくさんある若い人たちが、それを実現できる環境がない。今後はそういった部分をなんとかしないといけないと思っています。
本来、そあとの庭がやろうとしていたこと、若い作家を育てること、作家たちの制作と収入の場所を創り出すことといった活動には、いつも資金がありません。この大きな災害のあとでは、復興優先になることは当然かもしれないけど、これが10年間続いたら、本来アーティストがやらなければいけない制作活動、アートで伝えるという活動が途切れてしまうし、東北にアーティストがいなくなってしまうのではないかと心配しています。

寄付者の方にメッセージをどうぞ

藤原|寄附していただいた方には、すごく感謝しています。寄附のおかげで、私たちは直接被災地に支援に行くことができたし、現地の人たちとふれあうこともできました。そして最後には向こうから声をかけてもらえたという感動をもらいました。これは寄附してくださった方々がいたからこそ、私たちが活動できたんです。でも、この先もそういう活動をしたいけどできないっていうのが、すごく悔しい。
昨年から今年にかけて、アートNPOエイドやいろんな企業の支援をいただいて支援活動をしてきましたが、今後は、10年、20年、30年といった先を見据えて、地域の作家が育つ環境づくり、そして、未来の作家であるこどもたちにいま伝えなければならないことを、アートで伝える環境づくりに力を入れていきたいと思っています。
感謝とお願いです。もし企業でも個人でも、アートの環境づくりに賛同してくださる方々がいるのであれば、支援をしていただければうれしいです。支援してくださる方のためにも、私たちはアート活動を通じて地域に貢献していきたいと思っています。

以上


インタビュイー:藤原久美子
インタビューアー・文責:樋口貞幸(アートNPOリンク)
編集:内山幸子
インタビュー:2012年8月20日 そあとの庭

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