アーティスト・インタビュー|白諦

 東北に移住してきた外国人妻たちの暮らしを映像で記録する活動を続ける白諦(はく・てい)さん。震災をきっかけに、被災地に住む外国人妻たちにある心境の変化が生まれたという。外国人移住者の女性の視点から見た「震災後」とその活動について、お話しを伺った。

—被災地に住む外国人移住者の女性たちを追うプロジェクトをはじめたきっかけは?
白|せんだいメディアテークが立ち上げた「3がつ11にちをわすれないためにセンター」という復興記録プロジェクトには、せんだいメディアテークのスタッフと市民のほかに、東京藝術大学も参加しています。大学院で映像を学んでいた私は、被災地に住む在日外国人がこの震災をどのように見ているかを知りたくて企画を大学に提出し、承認され、東北に滞在することになりました。
 当初は、被災地に住んでいる外国人の取材をしていましたが、次第に、東北に嫁ぐために移り住んだ女性、つまり外国人妻へとフォーカスが移りました。というのは、震災以降、外国から移住してきた彼女たちに、日本に対する〈帰属意識〉が生まれたことを実感したからです。日本に何年住んでいてもここが自分の居場所だとは思えなかったのに、震災を経て、そこに骨をうずめる覚悟をした人が結構いるんです。それはいままでの日本にはあまりなかった状況のように思い、記録する価値があると考えました。
 さらに、自分が〈帰属している〉地域で大災害に遭う心境と異郷で遭うのとでは、いったい何が違うのか。そして、故郷であれ異郷であれ、その場所に〈帰属すること〉が、人と土地との関係を築く上でどのような役割を果たすのか研究したいと思っています。

—どのような取材をしていますか?
白|石巻、南三陸に住む外国人妻の3つのグループを取材しています。

 一つ目のグループは、石巻に住む母親たちによる新しいコミュニティ。これは震災後に、自発的に生まれたコミュニティなんです。NPO団体を作ろうとしていますが、経費や活動場所の問題など、スタート時からさまざまな課題を抱えています。私は、彼女たちが彼女たち自身のために自分から行動を起こして、どのような道を進んで行くのか追っています。このグループはアジア系と南米系の方が多く、アジアだとフィリピン、中国、台湾が多くて、それ以外にもベトナムや韓国の方もいます。

 二つ目は、南三陸と気仙沼に住むフィリピン人20人くらいのグループです。震災後、フィリピン人や外国人だけでなく、地元の日本人と一緒に進めていこうとしています。そのまとめ役である佐々木アメリアさんは、おそらく私が今まで出会った外国人妻のなかでも最も日本在住歴が長い人で、移住してきたばかりの人や在日歴の短い仲間のサポートをしています。地元でも「被災者に見えない被災者」と言われるくらい、明るくて楽しい人です。7月には、気仙沼のカトリック教会の担当者が南三陸のフィリピン人の母親たちを集めて、みんなを山形に遠足に連れて行ったんですよ。それは震災前にはなかった活動だそうで、私は彼女たちに同行させてもらって記録を撮りました。

 三つ目は同じく南三陸の、台湾出身の佐藤かなえさんのグループです。彼女たちのグループは、外国人のための日本語教室をひらいています。このグループは中国人の研修生が多いですね。フィリピン人もいて、全員で11人くらいです。

 石巻の活動と南三陸のアメリアさん、佐藤さんの活動は、少しずつ異なっているので、それぞれが最後にどのような居場所を見つけるのか、追いかけています。

—この活動をすることになった経緯は?
白|私はもともと映画美術を専攻していたんですが、大学院に入ってみると、自分の映画も作りたいと思うようになりました。震災があり、なにかやってみたいと思っていたところ、「3がつ11にちをわすれないためにセンター」のことを知り、大学に企画を提出しました。
 震災後、石巻市役所や宮城県国際交流協会に連絡し、ご協力をいただいたんですが、国際交流協会の方から、震災後に東北で外国人妻たちがとても大変な状況に置かれているということを聞きました。そのとき教えてもらった石巻の「楽しい日本語教室」で、インタビューを行った母親たちと、その後も連絡を取り続けているうちに、彼女たちの方から、居場所のなさや日本への〈帰属意識〉について語ってくれるようになりました。

 私自身、震災前は大学を卒業したらすぐに中国に帰るつもりで、日本に残る予定はありませんでした。ですが、震災をきっかけに、改めて自分が本当にやりたいこと、求めていることを考えるうちに、少しずつ気持ちが変化していきました。日本に残りたい、日本で働きたいという気持ちと〈帰属意識〉のようなものが、震災をきっかけに生まれ始めたと言えます。外国人妻たちへの取材を通して、自分の心の答えも求めているのかもしれません。

—取材をするなかでの反応は?
白|取材をしながらわかってきたことは、外国からの移住者というのは、本当に地域で孤立していてストレスもあるけれど、それを発散できないということ。本当に苦しんで、鬱病になる人も結構いるんです。地元に友達ができても、精神的に依存しすぎてしまって、自立できなくなる方もいます。なので、私たち取材する側は、彼女たちの聞き手になるんです。語っているうちに彼女たち自身も自分の気持ちと考えを整理することができるので、逆に感謝されることがあります。
 とはいえ、記録のために何度もインタビューすることは、彼女たちの邪魔になると思ったんです。だけどあきらめられなくて、何ヶ月間か連絡を取り合ったことで、信頼関係ができてきました。そして、彼女たちの日常生活も取材したいとお願いしたら、「他のメディアだったら断るけど、白さんはただインタビューしたいだけでなくて、映像を通して私たちの気持ちを理解して、私たちみたいな人間がいて、がんばってるよ!ということを日本の社会に伝えようとしてくれている。だから私たちも応援する。」と言ってくれました。私も同じく外国人移住者なので、彼女たちにとっては後輩のような存在なのかもしれません。家に泊めていただくなど、彼女たちのプライベートにまで入らせてもらっています。

—今後の予定は?
白|インタビューの記録は、すべて「3がつ11にちをわすれないためにセンター」にアーカイブする予定です。一方で、一つの映画作品にして上映し、映画祭にも出品したいと思っています。来年の3月には、東京藝大とせんだいメディアテークで上映する予定です。
映画のタイトルは、『身分』と言います。身分という言葉は中国語でアイデンティティを意味します。IDや身分証明です。身分という漢字には、その人の立場、責任、そして他人への愛というニュアンスがあり、その意味を込めています。

 日本で外国人の存在は確かに気まずい状態だと思うんです。よりよい生活ができると思って日本に来ても、現実は違うという感じで、さらに被災もして…。いろいろな理由が重なりあって、いまのような〈帰属意識〉が生まれています。彼女たちは、母としてとか、妻として生きていくという意識はあったけど、自分とはいったい何だろうかとか、自分は何を求めてるのだろうかと、あまり振り返る機会がなかったんです。でも震災後、ずっと母として生きていくわけではないんだ。いつか子どもたちが自立したら自分はどうなるのだろうと、真剣に問いかけてるんです。私の映画は、そこが原点になっています。私は日本に住む外国人の立場なので、たぶん日本人よりもこの問いかけを捉えやすいと思います。

以上


アーティスト・インタビュー
インタビュイー|白諦
聞き手|樋口貞幸
編集・文責|内山幸子、樋口貞幸
2012年9月20日 アサヒ・アートスクエアにて

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