福島県南相馬市にある映画館「朝日座」をめぐるドキュメンタリー映画「ASAHIZA」の製作支援

活動支援|021
団体名|一般社団法人サイレントヴォイス
代表者名|芹沢高志
アーティスト名|藤井光
活動所在地|福島県南相馬市、東京都


内容
『福島県南相馬市にある映画館「朝日座」をめぐるドキュメンタリー映画「ASAHIZA」の製作支援』
asahiza04-01 1923年、関東大震災の年に芝居小屋として開設された「朝日座」は、地元の方々の娯楽の場として長く親しまれてきました。そこは、歌舞伎や映画上映のみならず、地域行事の発表会に活用されるなど、公民館的な役割をも担っていました。映画全盛の時代には朝日座を中心に商店が集い、街が形成されるほどの賑わいをみせたといいます。
 東日本大震災の後、かつての街のシンボルであった朝日座を「復活」させ街のにぎわいが再び戻ることを願い、映画館「朝日座」をめぐる物語を映画にしたいと、映画監督・藤井光氏に依頼がありました。そのときすでに『朝日座ひはまたのぼる』というタイトルは決まっていましたが、藤井氏はそのタイトルに「強い違和感」をおぼえます。果たして、これまで地域が歩んできた歴史や現代日本社会が抱える問題に向き合わなくて良いのだろうか。いまのまま「復活」の物語を描いていいのだろうか。震災から2年がたち、新しい問題が日々更新され続けるなかで、つぎにどのような未来に向かって過去を問い直すのかが問われています。
 「映画館をめぐる、観客たちの九十年の物語」という副題が示す通り、映画館に通っていた観客たちの口から、地域が栄えていた頃の出来事や思い出、さらにはその地域が疲弊していく様などが朝日座の記憶とともに語られます。福島県では、原発事故によって地域社会が疲弊したという印象をもたれることがあります。確かに、それもひとつの影響ではありますが、全国の地方都市にみられる地域疲弊は、ここ南相馬でも震災以前から起こっていました。中心市街地はシャッター街と化し、娯楽の多様化のなかで閉鎖される映画館や劇場といったどこにでも見られる出来事が、原発30キロ圏内にある福島の「非日常」の風景として切り取られ、そこに住む人々の実感とはほど遠い物語となってテレビで放送されます。震災後のことばかりが大声で語られる現実と日常との乖離がそこにうまれました。
 震災後のことだけをみて地域の未来を考えても、それは解決には至らないのではないか―。このドキュメタリー映画は、震災前と後の地域の歴史をつなぐひとつの試みとも言えるでしょう。これまでの日常を、そしていま改めて地域の歴史を問いなおすこと。この朝日座の今後の展開が、福島県浜通りのみならず、疲弊する日本社会に影響を及ぼすかもしれないことにも思いを馳せ、歴史に向き合い続け得る拠点として朝日座を捉え直す映画です。HikaruFujii03


これまでの活動内容・背景
 1923年に地元有力者たちの手によって開設された「朝日座」は、1991年まで営業をしていました。その後は、生涯学習まちづくり講座という南相馬市の事業に参加した地元住民有志が2008年に立ち上げた「朝日座を楽しむ会」という市民団体が定期的に映画上映などを行い、朝日座を活用しながら保存しようと活動を続けています。
 震災後、被災地での文化分野の雇用を生み出す試みである「文化なしごと創造事業」(内閣府)で実地研修に参加した制作スタッフが「朝日座」をめぐる物語を映画にしようと映画監督・藤井光氏に依頼したことから、ドキュメンタリー映画『ASAHIZA』の製作が始まりました。
 また、2013年9月21日には、シネマツーリズムを開催。60分版に編集した映画『ASAHIZA』を舞台となった朝日座で上映するとともに、ツアー参加者をエキストラとして追加撮影を行いました。映画を見ること/つくることの両軸の経験の中から、そこにあるリアリティを探求するとともに、90年前に建てられた劇場/映画館の社会的な意味とその価値をみつめなおし、老朽化した木造建築・朝日座の保存活用という具体的な課題について向き合いました。
 映画は一般公開を目指して現在も追加撮影と編集を行っています。そして、そのためのプロモーションを必要としています。HikaruFujii011


支援希望額
ドキュメンタリー映画『ASAHIZA』を国内外で上映するための映画製作(追加撮影、編集、公開に向けた広告制作)
支援希望額 230万円


映画『ASAHIZA』公式ウェブサイト
http://silentvoice.jp/